盆休みが短いので、ゆっくりすごそかなと思っていたんですが、高校の練習試合も面白いカードなので浦安に帰ることに、それも吉田コーチが、奈良に帰省しているので帰りの運転を助けることで便乗し木曜日の夜20時に法隆寺を出発、ほとんど混まず3時に浦安到着、風呂に入って5時30分に起きて高校のグランドへ、1試合目はフルメンバーで勝ち、3試合目はレギュラー4人残すも負けてしまい監督の怒り爆発、その負けたチーム(国学院大学高校)に舞浜フェニックスー浦安シニアで息子の一つ上の代の庵原がレギュラーでサードとセンターでフル出場、3塁打と活躍、お母さんも応援にこられ、私も思わず庵原を応援してしまいました。ちなみに2年前には、お兄ちゃんも同じ高校の野球部で、同期の遊佐もこの高校でキャプテンをしてたんです。(二人とも舞浜フェニックスのOB、浦安シニアです。)負けたことで、照明まで付き練習となり、タクシー状態で3人を送迎し家に着いたのが夜9時、飯を食べてから2時間しか寝てないのを忘れて、お兄ちゃんと葛西のサウナに行き遅くに帰宅、ほとんど意識なく睡眠、次の日お兄ちゃんも最後の大学ラクロスリーグ戦が始まる為、練習で朝5時に起きてヘルメットを持って出動、1部リーグ帰りざきを狙う、大井競技場での集客試合は家族で応援予定。私も5時頃起きて高見さんを乗っけて高校へ朝から私が言い出したことで第2グランド(去年の秋に完成)の草取りを行う。10時の試合が始まると同時に終了しさすがに腰が痛いのと、汗でびっしょりでした。試合の最中に某シニアの監督、ボーイズの監督、ポニー等見学に中学生が来るわ、来るわベスト4の威力かなあ、あるところのブログでは、抽選にめぐまれただけとの声も、でも次の大会で本当の真価が問われると思う。昼ごろ東金ライオンズ代表から”コスモス杯勝ったぞ、もちろん舞浜さんも勝ったでしょ”と携帯が入り、植村監督に確認し”負けた”思わず”なんで”次の試合は市原臨海球場で試合が出来るし、対戦相手も東金と市原臨海球場での対戦を楽しみにしてたんですが、残念!ちなみに東金ライオンズとは、一度コスモス杯(市原臨海球場)でホ戦しておりその時は舞浜フェニックスのコールド勝ちだったんです、向こうもかならずコールド勝ちで勝つぞと対戦を楽しみにしていたようです。1000文字越えたのでパート2へ。 |